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すたらブログ

文系Webプログラマの備忘録

3ヶ月間の鬱の報告

目次

期間

2015年12月23日~2016年3月30日の、約3ヶ月間。

発症までの経過

2015年12月10日から15日まで、風邪と思われる発熱で欠勤していました。
体温が37.2度だったので、途中からはともかく、はじめは本当の風邪だったと思います。

その後、12月22日の帰宅後に再びダウンしました。
微熱もありましたが、これは風邪ではなく心が原因だと思います。
短期間に連続して体調を崩したことでうんざりした気持ちになり、心が折れてしまいました。

原因

いつもと同じく、義務感と切り詰める気持ちの両方が増大したせいだと思います。

仕事が本格的に動き出したことで、面白さと意欲が昂じてどんどん自分を仕事に駆り立てていました。
また、自宅でも年末の大掃除や年賀状の制作を予定していて、それをきちんとやり遂げたいと強く感じていました。

2015年11月から定期的な休憩を習慣づけるようになってだいぶ気楽に過ごせるようになりましたが、上の事情に押されていつの間にか「休憩時間はなるべく短いほうがいい。こんなに頻繁に休憩してしまって申し訳ない…」と感じるようになっていました。

「やらなくては」という気持ちと「まだまだ無駄な休憩時間を削れるはず」という気持ちで心身の余裕がなくなり、体が悲鳴を上げてしまったのだと思います。
本当に、いつもと同じパターンです。

発症後の経過

12月23日以降、しばらくはイライラした気持ちが続いていました。
ベッドに寝転んでなるべく安静に過ごそうとしましたが、イライラが治まらず気持ちが休まりませんでした。
その後は本格的な鬱でやる気が出ず、ずっとゲームばかりしていました。
年が明けて1月には、体はすっかり回復していました。
しかし両親と顔を合わせるのは気まずく、また、今度という今度は自分の心身の弱さに絶望してしまい、「起き上がってもどうせ同じことを繰り返してしまう」と感じて、なかなか部屋から出られずにいました。

以上、いつもどおりの経過です。
部屋を出るきっかけは、そのときどきによって異なります。
プログラミングに関する質問のメールが届き、それに返信しようとして立ち直ることが多かったと思います。
他には、父のPCでトラブルが起きて、緊急事態として部屋から連れ出されたり。
母が怪我で入院して、生きていくために否応なく部屋を出たこともありました。
今回は、気候が暖かくなった、というのがきっかけだったと思います…。

今後の対策

定期的に休憩を取るという方針は間違っていないと思います。
私の場合、仕事のストレスをお酒や趣味で発散するというやり方は合わないと思います。
仕事がイヤなのではなく、熱中しすぎて心身が疲れ果てても義務感でやめられずに鬱になるパターンばかりなので、その熱中を冷ます方策が何よりも重要だと思います。

今考えているのは、休憩時間に一連の定型化した体操を必ず実行する、というものです。
今までも休憩時に軽くストレッチをしていましたが、心に余裕がなくなると早めに切り上げて仕事に戻っていました。
そのストレッチをなんとなく行うのではなくラジオ体操のように定型化してしまえば、熱中しているときでも休憩時間を削りづらいのではないかと思います。
ラグビーの五郎丸選手のルーティンのように自分の中で定着させられればいいですね。

今日、A型事業所と病院の両方へ行き、以上の報告と相談をしてきました。
一度三者で話し合う機会をもち、その後徐々に職場復帰するつもりです。